純烈の白川裕二郎が卒業、母の死がきっかけに

【純烈白川裕二郎、27年3月末で卒業 きっかけは母の死「モチベーションが…」新メンバー募集へ [ひかり★]】

みんなの反応

[1] ひかり ★ 2026/06/08(月) 16:34:43.94 ID:qJmqSgq19.net
 「夢は紅白! 親孝行!」をキャッチコピーに8年連続紅白歌合戦に出場中の人気グループ「純烈」のリードボーカル白川裕二郎(49)が、27年3月31日をもって同グループを卒業することが8日、発表された。  この日、会見が開催され、白川の卒業とその後のリードボーカルを募集する新メンバーのオーディションの開催が発表された。  冒頭白川は「約20年間在籍した純烈を卒業することになりました」と報告。卒業については「5年ほど前から伝えていたけどそういった状況にならず、ここまで頑張ってきた。去年10月に母が他界し、モチベーションが低下した。これは良くないと、申し訳ないと思い、決断を下したと」と明かした。  「これまで7人中4人が卒業しましたが、僕が見送られる側として卒業。心と身体をリセットします」とした。  今後について「事務所には引き続き在籍する」と報告し、「残り9カ月。まだまだ時間があるので、その時間をファンと大切にしながら過ごしたい」とした。  後上は「白川は卒業しますが、解散はございません」と宣言。白川の母が亡くなった当日も明るくステージに立つ姿を見ているだけに、「白川の決断を尊重したい」とした。  酒井は「リードボーカルとしてお母さまに、8年連続紅白で歌う姿をしっかり見せられたと思う。純烈としては小田井、岩永に次ぐ、まともな卒業です」と話し、会場に笑いを誘った。  純烈には07年、酒井一圭(50)から誘われて参加。メジャーデビューまでの3年間、ボイストレーニングを受けながら、自らも試行錯誤するたゆまぬ努力を続けた。  その後純烈は、12年からスタートした「健康ランド」でのライブが話題となり、18年発売の「プロポーズ」がグループ初のゴールドディスクを獲得。同年末、目標としていたNHK紅白歌合戦への初出場を果たした。  07年の結成時は酒井、白川、小田井涼平、林田達也、友井雄亮、後上翔太の6人。林田は16年12月31日をもって脱退。友井は19年1月11日に引退。小田井は22年12月31日をもって卒業。小田井の卒業をもって23年1月1日に加入した岩永洋昭も、25年3月31日をもって卒業。現在は3人での活動となっていた。  白川は高校を卒業後、大相撲の朝日山部屋に入門。初土俵は95年9月場所。しこ名は本名の白川だった。96年9月場所限りで引退。最高位は序二段99枚目だった。その後俳優として活動し、純烈に参加した。
[10] 名無しさん@恐縮です 2026/06/08(月) 16:38:14.00 ID:+uEhehEk0.net
いまだに筋肉番付の印象が強い 筋肉番付の画像
[4] 名無しさん@恐縮です 2026/06/08(月) 16:36:39.00 ID:7fy8n08F0.net
横山由依と結婚したばっかだろ
[14] 名無しさん@恐縮です 2026/06/08(月) 16:38:57.79 ID:e35QRYan0.net
白川は浜本の相方か!
[19] 名無しさん@恐縮です 2026/06/08(月) 16:39:23.03 ID:CvAuCdqn0.net
この人1番ちゃんと歌える人じゃね?居なくなったら終わるんじゃね
[22] 名無しさん@恐縮です 2026/06/08(月) 16:39:53.73 ID:RJFF8lkb0.net
解散はしないのか
[30] 名無しさん@恐縮です 2026/06/08(月) 16:41:34.75 ID:3bXzIMfi0.net
笑顔が嘘くさい人か

まとめ

白川裕二郎の卒業は、母の死によるモチベーションの低下が大きな要因でした。グループは解散せず、新メンバーが募集されることが発表されていますが、すでに多くのメンバーが脱退していることもあり、ファンの不安が募っています。今後の純烈の活動に注目です。

引用元:2ch.sc